同じアホなら踊らにゃソンソン
「すふ、自由だなぁ」
って言われました。すげぇ嬉しかった。ブログに書くなよって思うかもだ。なんかありゃすまん。言ってくれ。
そう、嬉しかったんよな。例えそれが違う意味だとしても客観的に見て「自由になっていた」という事実が。前こんな記事を書いて。
↓
自由とはロックや!なんてことを言ってる内容です。読まなくてもいいし読んでたらありがとう。なんしか自分はロックを自由やと思っていて、自由やなぁと言われた。ってことは今僕はロックやったんやという認識に落ち着いた。
拳をあげるだけでもいいんですけど、やっぱりビートに合わせて揺らしているのは心地いいし、何かと連ねた動作ってのはすごく快感に感じます。リズムゲーと一緒。しかもこいつには譜面がない。好きに叩いてスコアになる。
モッシュかて、「不正解」はあるけど「正解」はない。やってはいけないことはあるけどやっていいことの方が多い。体をぶつけて好きに声を上げて踊る。
てかな、これはもう文化やとしか言われへんけど、考えたやつおかしいよな。俺はおかしいと思う。
でも、それがちょっと前の昔に生まれて今の今まであるのはやっぱり楽しいと思える要素がどこかにあるからだと思います。人と人がぶつかり合うやべぇ行為をやれぇ!と振るやべぇやつ。「同じアホなら踊らにゃソンソン」全くその通りやなと。
4/14の某ライブ。WOD初見のオタク達がいる中、WODとサークルモッシュが成立していて。なんとも稀有な光景なんですが、フロアにいるアホ何人かがケガせんように仕切ったのもあるけど、舞台の上のアホのパフォーマンスが「尋常じゃなく良かった」んです。また話を逸らすし自語すると、俺すなわちロッキチが満足して興奮出来るスクリームとパフォーマンスが出来る歌い手て何もんやねんて。その説得力はあった。間違いなく。
正しくロックな人の歌に感化されフラフラと体を動かし踊る。ファンとしてこれができて最高やね。
良識ある大人たちが危険行為を止めずに応援する形で出てきたのはやっぱりその人のパフォーマンスに力があり、人を突き動かすだけの何かがあるから…そう解釈できませんか?てかそうやろ。
加えて、主催者の方がWODに参加しない前列を守る形で立たれていて、感謝するとともに、それはまさしく自由であることだと。暴れるやつも暴れないやつも混在できたとても素敵なライブでした。
はい、オタクに媚びたブログですね。失礼しました。
丸々の本心の長文をTwitterに載せるのもなぁ、とは思うのでこちらで置かせてもらいます。
読んでいただきありがとうございます。
同じアホなら踊らにゃソンソン。
次は東京のライブハウスで会いましょう。
またどこかで。